音楽についてのよもやま話
音楽雑記帳


音楽を教わることはできない



「音楽は教えられない!」■


  「音楽は教えられない」ということばがあります。いろんなかたがおっしゃっていますが、たとえば指揮者の朝比奈隆さんも「音楽そのもは教えようがないので、この大学では音楽は教えていない」と、ご自分が教鞭をとる音楽大学について、おっしゃっていたとか。

 イギリス在住のピアニスト・内田光子さんも、日本から来た若いピアニストが、レッスン中に演奏解釈について、内田さんのアドバイスに対して、「でも先生にこう習ったんですけど」などと口走ったので、キレてしまった話をテレビで語っていらっしゃったそうです(私は見逃したので友人から話を聞きました)。内田さんは「あなたの先生などがいったい何ほど偉いのか」と、激しい言い方をされていたとのこと。

 しかし、ほとんどの人は、楽器演奏にせよ作曲にせよ、先生について習うのが普通です。なのに、「音楽は教えられない」・・・これは、いったいどういうことでしょうか。


■演奏上のアドヴァイス■

  ここでは演奏に話を限ってみます。

 ある楽曲を演奏するさいに、自分なりの感じ方にしたがって演奏してみる。それは、荒削りであっても、自分の感じに忠実に演奏しているわけですから、その意味で真性なものです。

 しかし、ここで、それを先生に聴いてみていただくと、いろいろなアドヴァイスをいただけます。

 もちろん、楽器演奏では技術がたいへん大切なので、楽器の持ち方や呼吸、指回り、タンギングなどの技術的問題点について、教えてくださることがあり、それは大変有益でしょう。

 また、先生は、音楽上の知識と経験が豊かですから、「この個所はこんなふうに演奏される伝統があって、それが作品の良さをよく表現することにつながると考えられてきたのだよ」と、たとえば、様式的な観点から、より一般的な解釈を教えてくださることもあるでしょう。

 あるいは、「あなたが感じていることをもっとよく出すためには、もっとこういう点に気をつけてやってみるといいと思うよ」というように、表現の掘り下げや、そのために必要な技術的ポイントを教えてくださることもあるでしょう。

 さらには、「むしろこんな違った感じに演奏すると、こんな良さが出るよ」というように、解釈上のご意見もいただけるかも知れません。




演奏解釈を教わる?

  ですが、よい先生であれば、「こんなふうに演奏しなさい」と、「正しい演奏解釈」を示されることは、きっと、あまりないでしょう。先生の「音楽上の」アドバイスは、あくまでも提案、ないしせいぜいは助言であって、最終的に、どう吹きたいか、どう吹くかを決定して実行するのは、あくまでも奏者本人であることを、先生はきっとわきまえていらっしゃるはずです。

 つまり、この意味では、「音楽を教える」ことは、なさらないのです。奏者自身が、自分の「こう演奏したい」という考えに忠実に演奏するのが音楽演奏です。したがって、「こう教わったからこう演奏している」なんて個所があるのならば、その個所は借り物、いや、偽者であって、その人の真性な音楽表現とは言えないでしょう。

 むろん、先人のすぐれた音楽演奏から学ぶのはおおいに必要なことです。たくさんのよい演奏に耳をかたむけ、作品演奏のいろいろな可能性について考え続けるのは楽しいことです。しかしそうする中でも、けっきょくのところどう演奏することにするか、というのは、奏者自身が自分の心の声に耳をかたむけ、自分の耳を信じてつくりあげていくしかないものなのです。


再び内田さん・朝比奈さん

  ここでもう一度、内田光子さんの言葉にもどってみましょう。「あなたの先生などが何ほど偉いのか」というのは、べつに、ピアニスト・内田光子さんが「あなたの先生」より格上の音楽家だ、などと言いたいのではないでしょう。そうではなくて、「いったい、奏者であるあなたに、絶対的な権威でもって教えることのできるような偉い人がこの世にいるとでも言うの?」というのが、内田さんの真意であったろうと私は想像するのです。だから、「先生にこう教わった」と言われて、カッとなったのでしょう。「先生に教わった」とは何事か、「私はこう弾きたいと思う」と、なぜ言えないのだ、と内田さんは思ったのでしょう。

 朝比奈隆さんの、ズバリ「音楽は教えられない」という言葉も、そういう意味でしょう。自分たちは先輩だから、音楽について、あれこれと考え方や経験的なコツなどは伝授できるが、けっきょくのところ、音楽をするというのは創造的行為なのだから、そんなものは教えられるわけがない。各自が自分の音楽的感受性とそれを表現する技術を磨いていくしかないものだ。教えるどころか、自分もまた毎日、学んでいるのだし、若い人の作品や演奏によって啓発されながら精進している一人の音楽家なのだ。・・・朝比奈さんは、そう語っているのではないでしょうか。


リコーダーJPディレクター 石田誠司   

  

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