テレマン 12のファンタジー
★早川広志さんによる解説★
<テレマン 12のファンタジー>
バロック音楽の時代はまた「通奏低音の時代」と呼ばれるほど、チェンバロ(+チェロなどの低音楽器)による通奏低音の伴奏が音楽の重要な構成要素であったが、そのような通奏低音を伴わない旋律楽器のみのアンサンブルによる楽曲も残されている。しかし、旋律楽器が全く一つという無伴奏の曲は少数しか書かれていない。まず思い起こされるのは、J.S.バッハの無伴奏の作品群(ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ全6曲・6曲のチェロ組曲・フルートのためのパルティータ)であろうが、ほぼ同時代にテレマンも無伴奏の曲をいくつか残している。「忠実な音楽の師」に含まれるヴィオラ・ダ・ガンバのためのソナタのほか、フルート、ヴァイオリン、ヴィオラ・ダ・ガンバためのそれぞれ12曲のファンタジーがそれである。
このディスクに収録された「無伴奏フルートのための12のファンタジー」は、テレマン自身の刻版によってハンブルク時代に出版されたものである。出版の年代は不明であるが、刻版の筆跡から1727〜28年とする説が有力である。この頃は改良された形のフルート(後述)がドイツに導入されてまだ間もなく、「もともとフルートのために作曲された曲というものが当時はあまりなかったから・・・・殆どの人はオーボエやヴァイオリン用の作品で間に合わせていた」(J.J.クヴァンツの自叙伝より)状況であった。テレマンのこの曲集はドイツ・バロックのフルート音楽のなかでは初期に属するものであるが、当時新進の楽器だったフルートの美点をよく生かしている点、才人テレマンの面目躍如たるものがある。
12曲は様々な形式によるそれぞれ3〜4分の小曲であるが、全体でまとまりある一つの曲集となるように入念に構成されている。調性については、長調と短調が交互に置かれ、イ長調から順に上昇するように配列されている(弟3番と第4番がこの原則が外れているが、これは刻版の際のミスではないだろうか。原本では各曲1ページで、両曲は見開きの左右に収められている。筆跡からまだテレマン自身が刻版に慣れていないころのようであり、見開きの左右を取り違えてしまい、あとで曲の番号だけを入れ換えて訂正したという可能性は大きいと思われる)。各曲の構成も様々で、ゆっくり−速く−ゆっくり−速くという4部分からなる「古典的」教会ソナタ・序−破−急という3部分の「新しい」形のソナタ・舞曲を兼ねた組曲・名人芸的演奏技術を前面に出したラプソディー風な曲などがあるが、似た雰囲気の曲が続かないように巧みに配置され(但し第2番と第3番は若干似た雰囲気のところがあり、この点も前記の3、4番が入れ違った為ではないかと思われる)、全体を6曲ずつ前・後半の2グループに分けてみるとそれぞれの最初にはいかにも始めを飾るにふさわしい華やかな楽曲が置かれている。
このディスクでは、上記の理由から第3番と第4番の順序を入れ換えて収録している。
<各曲メモ>
第1番 イ長調
冒頭の即興的な動きに続く部分では、2つの旋律を分割して交互に組み合わせ、フーガ風の動きを表現している。
再び急速な動きがあり、かろやかな3拍子の舞曲が続いている。
第2番 イ短調
緩−急−緩−急の教会ソナタ。第3楽章の伸びやかな旋律には、どこかヴィヴァルディーの「冬」第2楽章ラ ルゴの趣も感じられる。
第4番 変ロ長調
序−破−急の「新しい」ソナタ構成。流麗な旋律を旨とするギャラント様式の小品で、急速な楽章も優美さに あふれている。
第3番 ロ短調
短い導入部とトッカータ風の急速な部分が交代する技巧的な第1楽章に、8分の6拍子のジーク舞曲が続く。
第5番 ハ長調
最初の部分は急速な動きとゆるやかな旋律とが目まぐるしく交代し、いかにも即興的である。第3楽章はとび回 るような付点のリズムが特徴的な舞曲、カナリーになっている。
第6番 ニ短調
「序−破−急」のソナタ。情緒豊かな1楽章、真摯な趣のフーガ風第2楽章、無窮動的な第3楽章と、変化に とんだ作品。
第7番 ニ長調
曲集後半の最初にふさわしく壮麗なフランス風序曲(付点のリズムのゆっくりした部分が始めと終わりにあり、中 間部に急速なフーガ風の部分がおかれる)ではじまる。第2楽章はうってかわって民俗舞曲風な 軽快な音楽。
第8番 ホ短調
「序−破−急」型。第1楽章は淡々とした動きのなかに深い情感が込められている。第3楽章はイギリス起源 の活き活きとした舞曲、ホーンパイプによっている。
弟9番 ホ長調
緩−急−緩−急の教会ソナタ。第2楽章はきびきびとした動きのなかにときおり現れる逆付点のリズムが印象的。 第3楽章は4小節と短いものであるが、前後との対照が見事である。
弟10番 嬰ヘ短調
速い3拍子のクーラント、2拍子できびきびと運ばれるガヴォット、落ち着いたメヌエットの3舞曲からなる組曲。
弟11番 ト長調
急速なトッカータ風の第1楽章は、全曲のなかでもっとも技巧的な音楽であろう。アダージョには5つの音符のみ おかれ、即興的に自由な装飾を行って演奏する土台となっている。
弟12番 ト短調
第1楽章は速度・拍子ともに目まぐるしく変化し、ファンタジー=幻想曲の名称に最もふさわしい音楽。荘重な 動きとたたみかけるようなアレグロと、ゆっくりだがどこか屈折した感のある部分とが交錯する。続く楽章は単純で はあるがエネルギーのこもった速い舞曲で、途中に長調の少しゆったりとした部分があったあと、再び最初の形 に戻って曲集全体を力強くしめくくっている。
<フラウト・トラヴェルソについて>
フラウト=フルート、「笛」で、トラヴェルソ=「横の」、つまり「横笛」の意で、バロック時代でのフルートの呼び名であるが、なぜわざわざ「トラヴェルソ=横の」と断らなければならなかったのか? それは当時、「横」に対してもうひとつ「縦の笛=リコーダー」も多く使われ、ただ「フルート」」といっただけではリコーダーのほうを意味したからである。
バロック以前、ルネサンス時代のフルートは2本継ぎの円筒形でどちらかというと野外用の楽器だったのに対して、リコーダーは様々な大きさの楽器による合奏(「コンソート」と呼ばれていた)など盛んに使われていた。しかしバロック時代に入ると、フルートは改良されて3〜4本継ぎで内径が先細りの円錐形、キー(鍵)が1つ付け加えられて半音階を容易に演奏できるようになり音域も広げられた。また音色も深みのあるしっとりとしたものとなり、これ以後フルートは室内楽の楽器として使われていくことになる。この改良は1600年代後半にフランスでおこなわれ、新しいタイプのフルート=「フラウト・トラヴェルソ」はやがてヨーロッパ各地に広まっていくことになるが、テレマンのファンタジー集はちょうどドイツに新しいフルートが導入されはじめたころの作品である。(「縦」のリコーダーも引き続きバロック期を通じて使われていたが、徐々に「横」のフルートにとってかわられるようになり、1700年代後半を境に地位は逆転し「フルート」と言えば「横」のフルートのことを指し、リコーダーは表舞台から姿を消してしまうこととなる。)
このフラウト・トラヴェルソは、柔らかく深みのある落ち着いた音色の魅力もさることながら、半音階のなかの音色のヴァラエティによって様々な調性のそれぞれ異なった性格を容易に表現できる点で同時代の音楽理念と一致しており、バロック期の音楽の演奏に際しては優れて完成された楽器であったと言える。
楽器全体の基準音の高さ(ピッチ)については、当時は現在のように全国共通の統一ピッチというものは存在せず、各国・各宮廷または都市によってさまざまな音の高さが用いられていた。大体のところを挙げると、
・フランス、ヴェルサイユ宮廷他 A=392Hz周辺
・ドイツ各地、ライプツィヒ他 A=415Hz周辺
・イタリア各地、ヴェネツィア他 A=440Hz周辺
(Hzは音の高さの単位、現在ではA=442Hzが一般的)
もちろんそれぞれの地域内でもかなりの上下の幅があった。
今日オリジナル楽器でのバロック音楽の演奏に際しては、ドイツ各地の当時のピッチに近いA=415(現在の基準音より約半音低い)を採用することが多いが、当ディスクの演奏に際してもこのピッチが用いられている。
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