『音楽療法』
エドワード・ポドルスキー編著
MUSIC THERAPY EDITED BY EDWARD PODOLSKY
音楽療法の専門家が職業として行う音楽療法はアメリカから基礎が築かれ、1950年に世界で初めて、全米音楽療法協会という音楽療法者の全国的団体が設立されました。
この全米音楽療法協会ができた四年後の1954年に、ニューヨークで、音楽療法にはたいへんゆかりの深い1冊の本が出版されました。それがE・ポドルスキーの編さんした『音楽療法』です。
村井靖児『こころに効く音楽』、保健同人社、1992、p.30
ポドルスキー(Edward Podolsky)は、アメリカで働いていた医師だったらしいので、自分の医療行為にも音楽を取り入れる試みをしていただろうと想像されますが、実は自分の具体的な実践を報告してはいません。しかし音楽療法に強い関心を持ち、古代から近現代に至る多数の「音楽が心身を癒すのに用いられた(役立った)事例」を古今東西の文献から拾いだす研究をしていました。そうした事例を紹介することを通じて、音楽療法に注目するようよびかける、啓蒙をめざしていた人です。また実践例や研究論文を注意深く集め、音楽療法を医学の歴史のなかに位置付けるための努力をしていました。
著書『音楽療法』は、このようなポドルスキーのいとなみの成果として成立した論文集です。そして、この本でポドルスキーが自ら書いたのは、冒頭に置かれた序文、および音楽療法の歴史を概説した文章、そして他の研究者の研究内容を要約紹介し論評した短い論文がひとつあるだけです。その他の30ほどの文章は、すべて音楽療法研究者や実践家の研究論文や実践レポートなのです。
ところが日本の音楽療法界では、ポドルスキーと言えば「音楽処方の人」くらいに思っている人が多いのです。それは、何重もの意味で誤ったとらえかただと言わねばなりません。まず第一に、ポドルスキー自身は「音楽処方」的なものをひとつとして立案・提案してはいません。また、第二にポドルスキーの編著に集められたいくつかの論文は、たしかに実践において使用した曲を列挙している場合がありますが、それは「処方の提案」のようなものではなく、実践報告における「事実としての報告事項」にすぎないものがほとんどなのです。したがって、「音楽処方」という概念そのものが、空虚な幻想といっても過言ではありません。
それなのに、日本での(音楽療法の世界の中での)一般的な認識が「ポドルスキーは各種症状に対する音楽処方を提案した人」という具合になってしまったことについては、音楽療法学会でも影響力のあった人たちによりポドルスキーについてそのような誤った紹介が行われてしまったこと、そして、何よりも、原著に当たりもせずにそうした誤謬を受け売りした研究者や実践家が少なくなかったからです。驚くべきことに、「音楽療法学会」内でも重きをなす、立派な肩書の人たちが、その先頭に立っていた例すら、いくつもありました。
「音楽処方」という概念自体は、もちろん、今日の音楽療法において重視されてはいませんから、ポドルスキーの名もしだいに忘れられていきつつあるかも知れません。しかし、彼の『音楽療法』は日本の音楽療法黎明期にかなり大きな影響を与えた歴史的な基本文献ですし、またそれだけのことはある、音楽療法の研究者や実践家ならは必読の重要な基礎的論文が多数含まれた本です。そして、上述したような日本音楽療法界の恥ずべき歴史について反省するための資料にもなります。
したがって、少し古い本ではありますが、ポドルスキーの『音楽療法』の全訳を公表することは無意味ではないと思いました。音楽療法と音楽療法の歴史にご関心のあるかたに、少しでもお役に立てましたら幸いです。
なお、翻訳にあたっては、友人・石田誠司とChat GPTの助けを借りました。この二人(?)の助けがなければ、私だけの力で日本語訳をおこなうことはできませんでした。感謝申し上げます。
2025年5月 RJPマネージャー・岐阜県音楽療法士 高橋たかね
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