■替え指とは
ミの音を出すとき、ふつうは「01」を押さえますが、「023」と押さえてもミの音(に非常に近い音)が出ます。この、「023」のような指使いのことを、「替え指」というのは、きっとご存知でしょう。
リコーダーには替え指が豊富にあって、よく研究している奏者のかたは、じつにたくさんの替え指をご存知です。アルトリコーダーの音域は、ふつう「2オクターブと1音」で、1オクターブには派生音(#や♭の音)を入れて12音ありますから、24種類あまり(正確には12×2+3の27種類)の音しか出ませんが、指使いの可能性は非常にたくさんあります。
■替え指の種類
ちょっと計算してみましょう。指穴は8つもあって、それぞれに対する操作は、原則として「開ける・閉める」のどちらかですが、0・6・7(つまり左手親指と、右手の薬指・小指)の穴には、「一部だけ押さえる」奏法があるのですから、この3つの穴には、「開ける・閉める・一部閉める」の3種類の扱いがあります。そこで、単純計算で「2の5乗×3の3乗」種類の「指使い」があることになります。「2の5乗×3の3乗」は、何と864です。たった8つの指穴ですが、その押さえ方のパターンには、こんなに豊富な可能性があるのです。
※ さらに、実は先っぽの穴を、楽器を膝に押しつけることによっていろんなかげんでふさいだり、さらには普通は「半分あけ」を行わないことになっている、1〜5の指穴についても、本当はいろいろな押さえかげんがあり得ますから、そういうことまで考えれば、指使いは無限に近い、と言うこともできます。また、この方法を使うと、リコーダーの音域はもっと広がります。
もっとも、864種類の指使いがあると言っても、ぜんぜんまともな音が出ない指使いもたくさんありますから、実際に用いることのできる指使いはそんなに多くはありません。しかし、たとえばファの音やミ♭の音などには、よく使われる替え指が少なくともそれぞれ2種類はありますし、ファ#などは3種類ぐらいはあります。本当はもっとたくさんあることでしょう。
■替え指の利点
替え指の利点のひとつは、「そのときの前後関係の都合で難しい指使いになってしまっているのを、楽な指使いにできる場合がある」ということです。つまり、ある箇所の指使いがこみ入っていて動きが大きく、指回りがついて行きにくいような場合に、替え指をうまく利用すると、指回りがうんと楽になることがあるのです。
いくら練習してもうまく演奏できなくて悔しい思いをしていた曲が、替え指を利用することで指回りが楽になって吹けるようになったら、やはり楽しいでしょう。そう考えると、替え指を使うのに遠慮することはないと思います。
■替え指の弊害(?)
ただ、替え指にはできる限り頼らないで練習を進めることにも利点があるのではないか、という考え方もあります。逆に言えば、あまり替え指に簡単に頼るのには、問題点もあるのではないか、というのです。
そういう考え方の根拠の一つは、「指使いが楽になるというので替え指に頼りすぎると、指の技術の上達のさまたげになる恐れがある」ということだと思います。
たとえば、「01」のミと「02」のファは「クロスフィンガリング」といって、スムーズに音を移るのがむずかしい指使いになっています。事実、普通の指使い(01と02)をそのまま使って、この二つの音のトリルを演奏するのは、どんな奏者にとっても至難のことでしょう。ですから、トリルならば、たぶんほとんどの奏者はミの音に上記の替え指(023)を使うでしょう。
しかし、ミとファの間にタンギングがはさまるならもちろんのこと、タンギングをしない「スラー」でこの二つの音を移動するのであっても、なるべくなら、本来の指使いでスラーが表現できる、指使いのスムーズな交代の技術を身につけておくほうがいいような気はします。そして、こうした技術を身につけておくことが、全体としてのよい技術の形成にも結びつくのではないか。
それから、もう一つの大きな理由は、「替え指は、音色の犠牲をともなうことが多い」ということです。リコーダーは、正規の指使いをしたときにもっとも美しく音が鳴るように調整されていて、替え指で鳴る音は、多かれ少なかれ、音色の面で問題を持っています。ですから、やはりなるべくなら正規の指使いによってスムーズに演奏できるような技術を磨こう、という考え方は、美しい音色が何より大切な木管楽器の演奏においては、それなりに有力な考え方だと言えるのです。
■替え指の高度な活用法
ただし、じょうずな奏者がよくやってらっしゃるように、「わざと替え指による音色のちがいを音楽表現に生かす」というような高級テクニックとなると、これはもうまったく別次元のお話です。これは、「指使いを楽にするために、音色を犠牲にして替え指を使う」というような話とはまったく逆の、いわば、「必要な音色を得るために、わざわざ特殊な指使いを選ぶ」という、積極的な表現なわけですから。そういう意味であれば、替え指もおおいに結構であるのは言うまでもありません。
また、自分で替え指をいろいろ探り当てるのは、たしかに面白いことです。ただでさえ、リコーダーにおいては、楽器によって「正規の指使い」の中でも最適の指使いが微妙に異なる場合がある(たとえばミ♭で右手薬指を押さえるべきかどうかは、楽器によっても場面によっても違います)ぐらいですから、替え指に至っては、楽器がちがえば得られる結果はかなり異なる可能性があります。
自分の楽器に合う「替え指」をみつけておいて、「ここぞ」というときには活用する、というぐらいが、いいのかも知れませんね。
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